南会津町館岩地区には、尾瀬国立公園の田代山など帝釈山脈を水源とする“ジンクリア”の渓流があります。
ジンクリアとはお酒のジンのように透明度の非常に高い水域という釣り用語。南会津町の湯ノ岐川(ゆのまたがわ)と鱒沢川(ますざわがわ)は、このきれいな水とブナの原生林がつくる渓谷美、そして魚影の濃さから、渓流釣りファンの間で憧れの川になっているのをご存知でしょうか。
今回はフライフィッシングの達人にこの2つの川を案内していただき、新緑の森を流れる奇跡の景観と、美しい魚体をきらめかせる天然イワナを求めました。
フライフィッシングとは、西洋で古くから行われている毛針を用いた釣りです。渓流においては、昆虫を捕食する渓流魚の習性を利用し、魚のいるポイントへ水面に浮く毛針(ドライフライ)を流して釣ります。
「渓流のフライフィッシングは、フライロッドとフライライン(竿と糸)を振る十分な空間をつくるために、必要に応じて川の中に入ります。五感を研ぎ澄ましてポイントを定め、毛針を、あたかもその川に棲む昆虫が水面に落ちたかのように投げ入れる。渓流のフライフィッシングは自然と自分が一体になって愉しむ釣りなんです」
そう語るのは南会津西部漁協役員の達城鶴博(たつぎ・つるひろ)さん。一般的にフライフィッシングは難易度が高いと言われ、道具も高価ですが、「慣れてしまえば渓流をもっとも思い通りに遊べる釣り方」とのこと。フライロッドとリールのセットは初心者用なら1万円台で揃えられるそうです。
フライフィッシングは毛針など釣具を自分でつくる方も多く、始めれば奥が深い趣味と言えます。釣具メーカーやフライ専門のショップ、釣り客向けのペンションなどでは初心者向けの講習なども開催されているので、興味のある方は情報を集めてみましょう。
6月中旬、南会津町は低地より遅い初夏の季節。新緑の美しい湯ノ岐川と鱒沢川へ入りました。
湯ノ岐川は帝釈山脈の田代山を、鱒沢川は安ケ森山を源頭とし、ブナの森を抜けて舘岩川へ流れます。舘岩川は伊南川、只見川、阿賀川と合流を繰り返して川幅を広げ、新潟県から阿賀野川となって日本海へ注ぎます。
以前、本コラムでも紹介した湯の花温泉地区を流れる湯ノ岐川。川沿いの県道350号と川が並走する場所がいくつかあって川へ降りられます。“川へ降りる”といっても階段や登山道があるわけではありません。まずは砂防堰堤を目印にして、木や岩を手でつかみながら慎重に降りてみましょう。
ブナ林が川を覆う湯ノ岐川はまさに森のトンネル。「川に届く陽の光が少ないため、川面に保護色化するイワナの魚体はおのずと黒っぽくなります。また、樹々の茂る川辺は昆虫が豊富なためか、歯は他の川のイワナと比べて立派ですね」と達城さん。南会津町舘岩地区で釣れるイワナは棲息する川で見た目などが異なるようです。
帝釈山脈の東部、安ヶ森山を源頭とし舘岩川に合流する鱒沢川。舘岩川に注ぐ支流は花崗岩質の白い石や砂礫が多いのですが、鱒沢川はとくに白く美しい景観美を見せてくれます。両岸のブナ林は湯ノ岐川流域より浅く、川に陽の光が差し込みやすいのも一因かもしれません。川と並走する林道から川岸へ降りやすく、休日は多くの釣り客で賑わいます。
こちらの川に棲むイワナは、湯ノ岐川のイワナと較べて白味がかっているのが特徴です。
フライフィッシングは川や魚の観察を重視します。釣りをしながら川石につく幼虫を観察し、それぞれのポイントで捕食されている昆虫の種類をつきとめて毛針を決めるそうです。釣れた魚も痩せているか太っているかで、釣り方が変わるの だとか。今回、鱒沢川で釣れたイワナは胃のあたりがパンパ ンでした。活性化している(昆虫をたくさん食べている)証拠です。
「川は大人が夢中になって遊べる場所なんです。川に入って透明な川の水と一体になるのはとても気持ちがいいこと。長くやっていると釣果は二の次。心が晴れ晴れとして、また現実の社会に帰っていけるのだと思います」と達城さん。
もっとも夢中になりすぎるのも注意が必要です。川が突然濁りだしたら上流部で強い雨が降っている証拠。渓流の増水は早いのですぐに川から上がるべきです。また雷音が聞こえたらただちに納竿して避難しましょう。「渓流釣りは自然相手ですから危険が伴います。大切なのは危険回避の行動を事前に想定しておくこと。それと遊漁券は事前にご購入下さい」と、安心安全とルールを守った釣りを楽しんでほしいとのことでした。
遊漁券購入や釣りに関する情報等は南会津西部漁協のホームページを御覧ください