マウンテンガイドと行く尾瀬の歩き方

マウンテンガイドと行く
尾瀬の歩き方文/浅井理人

今回のコラムはマウンテンガイドの目線で、尾瀬の自然をより一層楽しめるヒントをご紹介したいと思います。花を愛でたり、ピークハントの達成感を得たり、写真を撮ったりと、トレッキングの楽しみ方は人それぞれ。

今回は参加者にテーマを決めていただき、自然観察を深堀りしながら尾瀬を歩いてみました。

(2021年7月21日収録)

ガイドツアーのメリットとは

ガイドツアーのメリットとは

マウンテンガイドを利用するメリットは、① 未経験の山岳地でも案内を受けながら登山することができること、②登山を安全に楽しめること、などがありますが、③テーマを決めた登山ができることも一つに挙げられます。

今回はお二人の方にガイドツアーへ参加いただきました。

お一人からは「尾瀬の植物の解説」。もう一人からは「尾瀬におけるシカ問題」についてテーマリクエストがありました。

ガイドツアーのメリットとは

尾瀬沼往復コースは、尾瀬の魅力と課題が集約されている

歩いたコースは沼山峠から尾瀬沼の往復です。木道が整備され、湿原、樹林帯、沼と景色の変化に富んだ尾瀬を初めて訪れる方にもオススメのコースになっています。一方で、ニホンジカの食害の状況や対策を実際に見ることができるルートでもあります。

尾瀬沼往復コースは、今の尾瀬を知ることができる1

尾瀬沼往復コースは、今の尾瀬を知ることができる2

尾瀬沼往復コースは、今の尾瀬を知ることができる3

尾瀬の花々を知る

尾瀬の花々を知る

尾瀬には約1,500種(日本の維管束植物の2割強)の植物があると言われ、季節ごとに様々な花が開花します。今回は大江湿原のニッコウキスゲがちょうど見頃の時期を迎えていたので、湿原の植物を観察しました。目の前の花の名前を知るだけでなく、「なぜそこに生えているのか」「子孫を残すために何をしているのか」「生活への繋がり」などをガイドの説明を受けながら散策するとより一層理解が深まります。

一つの花としてだけでなく、尾瀬の生態系の一部として視点を広げると、新しい発見があるかもしれません。

尾瀬の花々を知る

ニッコウキスゲ

ニッコウキスゲ

ニッコウキスゲ

夏の尾瀬を代表する花。パッとみると花びらは6枚に見えますが、よく観察すると内側に花弁が3枚、外側に萼(がく)が3枚になっています。優しく触ってみると厚みが違うことが分かると思います。シカの食害が深刻な花で一回食べ尽くされてしまうと、種から開花まで7年かかるため簡単には元に戻りません。別名ゼンテイカと呼ばれています。

ノアザミ

ノアザミ

尾瀬では比較的よく見かける花です。花粉の出し方が面白い花で、常に花粉が雄しべに付いているわけではなく、昆虫が止まって刺激されるとニュッと花粉が出てきます。花粉を無駄にせず受粉効率をあげるための工夫です。花粉が出ていない花を優しく触ると花粉が出てくる様子を観察できます。蜜が多いのか蜂や蝶が集まり昆虫の観察もしやすいです。

ノアザミ

倒木更新

倒木更新

倒木更新

倒れた古い木を礎として新しい世代の樹木が育っていくことを倒木更新と呼びます。ササが生い茂る雪国では、ササの葉が日光を遮り地面に光が当たらないため、樹木の種はなかなか芽を出すことができませんが、風や雪などで木が倒れるとササが押しつぶされ太陽が当たるようになるんですね。尾瀬の森は倒木更新で育った樹木が大変多いです。倒木もよく見ると自然のサイクルの一部になっています。

シカ問題を知る

シカ問題を知る

シカ問題を知る

近年全国的に深刻になっているニホンジカの食害。今回は、実際に大江湿原での食害の現状と、尾瀬で行われている対策を見ていただきました。「百聞は一見にしかず」。現場を見ることで、より一層シカ問題を身近に感じてもらえたかと思います。ニホンジカの増加により起こる問題は「食害」と「踏み荒らし」による植生の被害です。

私がガイドを始めた14年前から比べても、ニッコウキスゲやハリブキなど目に見えて減っている植物があります。対策として現在はニホンジカの捕獲と、シカ柵の設置を行っています。

シカの食痕

シカの食痕

ニッコウキスゲを食べた跡。

芽吹いたばかりの新芽を食べスパッと切り取ったような跡が特徴的です。ニホンジカの成獣は一日3kg 以上食べる必要があり、このまま頭数が増え続けると植物を食べ尽くしてしまいます。 食に好みがあるようで、 特定の植物を集中して食べます。

シカの食痕

ヌタ場の拡大と増加

ヌタ場の増加

ヌタ場の拡大と増加

ニホンジカは体についた虫などを落とすためドロ浴びを行います。

一度裸地化してしまった湿原が元に戻るのには百年単位の長い年月が必要です。食害と共に湿原の裸地化も深刻な問題になっています。

シカ柵の敷設

シカ柵の敷設

ニホンジカの侵入を防ぐためのシカ柵が大江湿原を一周グルリと囲んでいます。2014年にシカ柵が設置されてからは目に見えてニッコウキスゲの花の数が増えてきました。シカ柵に囲まれていない場所は食害が多く確認できます。

シカ柵の敷設

シカのいなかった頃の大江湿原

シカのいなかった頃の大江湿原

シカのいなかった頃の大江湿原

25年ほど前の大江湿原の様子。もともと尾瀬にはニホンジカは生息しておらず、食害とは無縁でした。大江湿原の端から端までニッコウキスゲが咲いていたことに驚きを感じます。

ガイドツアーを終えて

ガイドツアーを終えて

ガイドツアーを終えて

ちょっとした知識が増えるだけで物事の見え方が変わってきます。楽しみ方の幅も広がりより一層尾瀬で有意義な時間を過ごせるようになるかもしれません。知的好奇心は人間の本能の一つだと思っています。尾瀬で楽しみながら新しいことをどんどん発見していただければ嬉しいです。

ガイドツアーの感想を頂きました

ガイドツアーの感想を頂きましたガイドツアー参加者

「尾瀬を初めて訪れましたが、ノアザミやニッコウキスゲなど花を教えていただきとても楽しかったです。また、教科書でしか知らなかった倒木更新を実際に目の当たりにし、それが長い年月のサイクルで営まれていることも教えてもらいました。その他にも尾瀬の自然環境の現状について知ることができたのも良かったです」

ガイドツアーの感想を頂きましたガイドツアー参加者

檜枝岐村在住者ガイドツアー参加者

檜枝岐村在住者ガイドツアー参加者

「尾瀬でシカの食害がひどいということで案内していただきました。実際にヌタ場や食害の現場を目で見て学ぶことができました。ただ歩くだけではなく学びながら歩く尾瀬も楽しく、参加してよかったと思います」

マウンテンガイド浅井理人マウンテンガイド浅井理人
(筆者)

最後に私から。

今回お二人方にガイドツアーにご参加いただき、それぞれ「尾瀬の植物の解説」「尾瀬におけるシカ問題」をテーマにご案内しました。

ニッコウキスゲやノアザミなど尾瀬の植物を楽しんでもらったり、シカの実際の被害と対策の状況を見て環境問題を肌で感じていただけたかと思います。

「このままの尾瀬」を後世に残していくためには、尾瀬の現状と課題を知り、しっかりと人の手で管理していく必要があります。

マウンテンガイド浅井理人マウンテンガイド浅井理人
(筆者)

〈番外編〉実践してほしいルールとマナー

登山やトレッキングには知っておきたいルールやマナーがあります。尾瀬に足を運ぶ前にぜひチェックしてください。ルールやマナーを守って安全に楽しく尾瀬を歩きましょう。

トイレはチップ制

トイレはチップ制

し尿は合併浄化槽で処理され水分と汚泥に分けられます。水分は綺麗に浄化してからパイプラインで尾瀬の外に排出。汚泥は乾燥させた後にヘリコプターで外に運ばれ処理されます。トイレの処理には多額のお金がかかっています。一回100円程度の協力金をお願いします。

右側通行・木道以外は立ち入り禁止

右側通行・木道以外は立ち入り禁止

尾瀬では基本的に右側通行です。前から人が来たら右側に避けるようにしましょう(山によっては左側通行の場合も有り。エスカレーターの乗り方のように地域差があります)。また、木道以外の立ち入りは禁止です。木道は踏み荒らしから自然を守る役割を担っています。ストックや三脚を木道外に付くのもやめましょう。

動植物の採集は禁止・ゴミは持ち帰る

動植物の採集は禁止・ゴミは持ち帰る

尾瀬国⽴公園内での⼭菜やキノコ、昆⾍などの採集は禁止です。思い出だけを持ち帰るようにして下さい。

また尾瀬の中にゴミ箱はありません。すべてのゴミのお持ち帰りをお願いします。

夏場は特に天候の急変に気をつける

夏場は特に天候の急変に気をつける

夏場は午後から大気の状態が不安定になり、雷や大雨の危険性が高まります。早出早着を心掛けましょう。

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