2021年7月1日。福島県浜通りの海辺の学校から中学2年生17名が尾瀬へ自然環境学習にやってきました。尾瀬の自然や麓の檜枝岐村の人々とのふれあいを通して、生徒たちが仲間と一緒に学び、体感したかけがえのない2日間をレポートします。
「ひゃぁぁぁ!」「冷たい!」「でも気持ちいい!」
檜枝岐川の川原につくったつかみ取り用のプール(せき止めた水溜り)へ入ると、生徒たちは叫ばずにいられませんでした。それもそのはず檜枝岐川は雪解けから間もない初夏の尾瀬の水です。放たれたのは檜枝岐村で養殖しているイワナ。海辺の学校から来たとはいえ、生きている魚をつかむのは初めての生徒たちもいました。でもチームワークがいいんです。はじめは個々に魚を追っていた生徒たちでしたが、しばらくすると仲間と協力して追い込み、効率的につかみとれるようになるではありませんか。最後の1人もクラスメイトが追い囲んでくれて無事捕獲。クラス全員がイワナをつかみ取ることができました。感想を聞くと、
「簡単に捕まえられると思っていましたがヌメヌメして難しかった。海の魚ってけっこう明るい色とか形が特徴的だったりするけど、山の中の魚はまわりの地形に合わせた色で見分けるのが難しかったです。生き抜くためにそういう色をしてるのかな」と、大人顔負けの鋭いコメントがありました。
※イワナのつかみ取り体験は予約が必要です。
おっかなびっくりつかんでみた。
捕まえた魚は塩焼きに。
先生もはしゃいでパシャリ。
続いては近くの研修センターで檜枝岐村の名物「はっとう」作り体験です。はっとうとは、蕎麦粉ともち米粉をこねて茹であげたものに、じゅうねん(エゴマ)と砂糖、塩で味付けした檜枝岐村の伝統的なお菓子。名前の由来は、その昔、村に訪れた高貴な人物に差し出しところ、「こんな美味しいものを村人が食べるのはご法度」と言ったのだとか。
さて、そのはっとう作り。生徒たちは熱湯で蕎麦粉をこね上げるのに一苦労のようです。講師の方々もだいぶ冷ましてくれていますが、それでも熱いものは熱い。
打ち棒で引き伸ばし、包丁でひし形に切りに。交代で作業を進めると、隅の方にいた生徒の1人が慣れた手つきで包丁を扱いはじめ、班の仲間からは驚きの声が。普段の授業ではわからない得意不得意があるものですね。
講師を務めた星みえ子さんは「なぜひし形なのかと積極的に質問してくる熱心な子がいました。ひし形は縁起がいいのよと教えたんです。昔はお祝いごとで振る舞われた食べ物ですから」とひと仕事終えて満足顔。実はみえ子さんは、猪苗代地方から嫁いできました。若い頃にお嫁さんを集めた講習会ではっとう作りを習ったのだそうです。
試食がはじまると男子も女子もぺろり。人生でいちばんの食べざかりですね。試食でははっとうの他に、先ほどのイワナが塩焼きになって提供されました。生徒の1人が「初めて川魚を食べましたがおいしい」と恥ずかしそうに教えてくれました。
茹でと味付けは村の皆さんがやってくれました。
炭火できれいに焼き上がったイワナの塩焼き。
楽しい試食会。
1日目、最後の体験学習は檜枝岐歌舞伎の化粧体験です。さすが女子生徒は真剣の度合いが違います。
「まゆげに油塗ったりするのは知らなかったし、白い化粧して自分で黒とか赤とか書いていくのが想像していたより難しかったんですけど、やってみて楽しかったです」と女子生徒の1人が教えてくれました。
一方、男子生徒。最初は照れもあってはしゃいでいましたが、檜枝岐村の大切な文化遺産に触れるうちに、真剣に取り組んでいきました。
生徒それぞれの個性的な歌舞伎の隈取メイクが完成しました。
どうらんを塗る前に下地に紅を差します。
ここでも村の方々の協力がありました。
ついつい男子ははしゃぎたくなります。
檜枝岐歌舞伎の舞台の前で記念撮影。クラス全員で歌舞伎の見得を切りました! 決まってる!
生徒たちは檜枝岐村の民宿に宿泊。
翌朝は5:30に起床し、宿泊した部屋の掃除をして朝食を食べて出発です。朝から尾瀬に入りました。当日は梅雨のさなかでしたが雨は降らず、雲が地表をたなびく尾瀬らしい天候でした。
生徒たちは班にわかれてガイドの皆さんの説明を受けながら目的地の尾瀬沼を目指します。
生徒たちは事前に尾瀬の成り立ちや、環境保護について学んでから尾瀬へやってきました。それでも、「授業でインターネットの写真を観てきましたが、それ以上に雄大な景色です」と驚いていた様子でした。
ガイドの長内覚さんは生徒たちの豊かな表情に囲まれて、「震災やコロナがあって子どもたちの表情が小さくなった気がしていますが、尾瀬の大自然に触れて、日常を忘れられるのかもしれません」と体験学習のやりがいを教えてくださいました。
生徒の1人は、「シカから湿原を守る対策についてガイドさんから教えてもらいました。尾瀬はゴミもなく、トイレもチップ制。みんなが一体となって環境を守っていることがわかりました」と、尾瀬の自然学習でいちばん学んでほしいことにたどり着いた様子でした。大人っぽいけど子ども。子どもっぽいけど大人。それが中学生なんですね。
今年は福島県内で19校の参加となりますが、例年ですと30校程度受け入れています。児童や生徒はいつも笑顔で帰ってくれます。楽しかった、美味しかったと言ってくれて、いつもそれだけで嬉しい気持ちで胸がいっぱいになります。
児童や生徒には尾瀬の自然を体験していただくのはもちろんですが、体験学習に参加している村人たちやお宿の女将さん、ガイドさんの人柄にも触れていただきたいです。皆さん、人格者ですから。
檜枝岐村観光課 尾瀬環境学習推進協議会事務局
平野みなみさん
本校のような小規模の学校は一般的に生徒間の仲が良い。反面、居心地の良さに生徒たちが内弁慶になりがちなところがあります。進学、就職すれば、独りで選んで、学んで、表現するといったことが待ち受けているので、こうした体験学習は貴重な経験となります。
そんな生徒たちを受け入れていただいた尾瀬と檜枝岐村は、体験学習の実績があり、体制がしっかりされている。何より福島が誇る自然の財産「尾瀬」が体験できるのがすばらしいです。
福島県いわき市立豊間中学校
新家弘久校長
生徒たちに体験学習の感想を聞くと、新型コロナ感染の拡大もあってか、多くの生徒から「みんなと来れてよかった」という声が聞かれました。
一つひとつの体験も楽しそうで、率先してクラスメイトを手伝う姿が見受けられました。
その理由を新家校長先生に尋ねました。中学生という多感な時期はけっして「仲良し」という言葉だけでは片づけられません。
すると校長先生は、
「震災で地元の豊間地区が大きな被害を受けた時、生徒たちはまだ3歳。記憶にあるのは震災後、家族や地域の大人たちが互いに励まし合いながら復興してきたその姿だったはず。今の福島の子どもたちがおのずと助け合うのは、体に染みついた当然のことなんです」と教えてくれました。
夏が来たら思い出して、いつかまたこの地へ来てください。成長した皆さんの姿を尾瀬は楽しみにしています。